カモ救出劇を考える

家族と身近なこと

先日、「道の駅ましこ」近くの田んぼで

トラバサミのワナにかかった鴨を助けたときのことを

記事を書きましたが こちら→益子へ行ってきたよ2

あれから、合鴨農法について気になって調べました。

あのとき私が救った鴨は、翌年にはになることを知って

とても複雑な気持ちになりました。

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合鴨農法

合鴨農法について

以下、Wikipediaより引用

有機農業の一種でもあるが、アイガモの肉は畜産物として食肉処分されるため

畑作と畜産を組み合わせた複合農業に実態が近い。

アイガモは毎年田植えの時期に、生まれたての雛を購入・放鳥し、稲穂が垂れる時期になると捕獲され食肉用として処分される。

これは稲穂が垂れる期になるとアイガモが稲穂を食べてしまう為である。

「合鴨農法」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2022年7月8日

命をいただいている

私が助けても助けなくても、来年はあの鴨はもうこの世にいません。

あの時私は、何も知らず何も考えず

悲痛な叫びのような鳴き方をする鴨の声を聞いて

咄嗟に助けたわけですが、鴨にとってはどうだったんだろうかと

おかしな考えが浮かんでしまい、、、

もちろん間違った行為ではなかったと思っていますが

何か引っかかってしまって。。

合鴨農法を否定するつもりはありません。

人に優しい無農薬の米を作れるし、利用した鴨も食肉用になるなら無駄がないです。

合鴨は愛玩動物ではなく、家畜なのです。

私は牛肉や豚肉、鶏肉も食べます。

鴨肉だって食べたことがあります。

命をいただいて生きています。

私だけではなく、人間はみな良質なたんぱく質を摂らないと生きていけません。

動物性ではなく植物性たんぱく質なら動物を食べなくて済むでしょうか?

では植物に命はないのでしょうか?

ヴィーガンという考えもありますが、栄養面からみると偏っていないでしょうか?

ヴィーガンを否定しません。でも実践するつもりもありません。

あの鴨が来年は食肉用になるからといって

可哀想だなんて思うのは、おかしなことだと頭でわかっています。

頭でわかっているのに、

助けたことで情がうつってしまってやりきれない思いです。

私がひとりでモヤモヤ考えたところで

鴨にとっては大きなお世話だし

全くもって意味のないことです。

命の輪

では、鴨にとっての幸せってなんだろう。

命の重さは犬も猫も鴨も人間も同じでしょうか。

ライオンキングのムファサ(父ライオン)がシンバ(子ライオン)に

命の輪について、教えていたことを思い出します。

命はみな繋がっていると。

インパラを食べたライオンはいづれ死んで土となり

その土から生えた草をインパラが食べる。

そう考えると人間は輪から外れてますね。

人間には、牙も爪も毒もありません。

弱い動物です。

唯一の武器は知恵。

その知恵で、たくさんの物を作りました。

ルールや社会もそのひとつ。

命の輪から外れているけれど、人間も生きるために一生懸命です。

一生懸命に生きなければならないです。

「いただきます」は、命をいただきます。の意味。

たくさんの命の上に自分の命は成り立っていることを忘れずに

生きていきます。

そう考えるべきだし、実際そうなんだし

自分の中でのモヤモヤの落とし所はそこなんだと

自分に言い聞かせています。

他の命をいただいて、自分の命をきちんと全うすることが正しい道だと信じて。

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